三沢さんお別れ会に2万6千人が駆けつける!
2009 / 07 / 05 ( Sun )
三沢さんお別れ会に蝶野ら関係者が多数参列、最後のリングコールも=ノア
6月13日に開催されたプロレスリング・ノア広島大会の試合中に倒れ、頚髄(けいずい)離断により46歳の若さで亡くなられた故三沢光晴さんを悼む「三沢光晴お別れ会〜DEPARTURE〜(献花式)」が4日、東京・ディファ有明で行われた。
開場前には日本移植支援協会から三沢さんに感謝状が贈呈され、選手会長の森嶋猛が代表して受け取っている。これは、故ジャンボ鶴田さんが肝臓移植の手術中に急死したことをきっかけに、三沢さんが臓器移植に関心を持って長年ボランティア活動をしてきたことが評価されてのもの。
13時から来賓の受付が始まると、新日本プロレスの蝶野正洋や永田裕志、佐々木健介・北斗晶夫妻、曙、長州力、藤波辰爾、三沢さんのモノマネ芸を持つイジリー岡田さんなど各界から関係者が続々と詰めかけた。その後、お別れ会が催され、友人代表として公私ともに交流のあったアナウンサーの徳光和夫さんが「さぞ無念でしょう。志半ばで(天に)召されて。君ほど私利私欲を考えず、プロレス界のことを考えた人はいなかった。(あなたは)心の友と書いて“心友”です」と弔辞を読み上げている。
そして追悼の10カウントゴングが鳴らされると、テーマ曲「スパルタンX」が流れ、「赤コーナー、250パウンド、三沢光晴ー!」と最後のリングコールが会場内に響き渡った。
(2009.7.4 スポーツナビより)
ZERO-1「火祭り」に曙が参戦!
2009 / 07 / 03 ( Fri )
ZERO1 優勝宣言した曙に大包囲網
この夏あの横綱が火祭り男を目指す。ZERO1は1日、東京・新宿FACE大会を行い、真夏の祭典「火祭り」に曙が参戦することを発表。また、世界ヘビー級選手権では、火祭り3連覇中の田中将斗が王座奪還を果たし、夏本番を前に大本命が弾みをつけた。
この日の休憩明けには、25日の後楽園ホール大会で開幕する「火祭り」追加参戦選手が発表され、初参戦が決まった曙がリングで「ゲスト参加じゃなくて優勝するのは俺だ」とアピールした。
この大胆不敵な優勝宣言に、火がついたのが大谷晋二郎。試合後には「好き勝手暴れようとしてんじゃねー曙。火祭り実行委員は俺と曙を同じブロックにしろ」と食って掛かった。
曙の火祭り初参戦決定の一方、この日の大会では火祭りディフェンディング王者が復活のノロシをあげた。
世界ヘビー級選手権試合では勢いに乗る王者・崔領二に挑戦した田中が、20分を超える激闘に必殺スライディングDで終止符を打ち、昨年10月以来およそ8カ月ぶりに王座を奪還した。田中は「怪物がくるかもしれないし、でも絶対に俺が優勝する。そして必ず4連覇してみせる」と前人未到の4連覇を宣言。夏本番に向け弾丸戦士が完全に息を吹き返した。
(2009.7.2 内外タイムスより)
三崎 公務執行妨害容疑で逮捕されていた
2009 / 06 / 27 ( Sat )
三崎 公務執行妨害容疑で逮捕されていた
戦極ミドル級のエース、三崎和雄被告(33)が公務執行妨害容疑で逮捕、起訴されていたことが25日、分かった。初公判が同日、東京地裁で開かれ、前田巌裁判官は、懲役1年、執行猶予3年(求刑・懲役1年2月)の判決を言い渡した。三崎被告は起訴内容を認めた。判決によると、三崎被告は3月19日午後、携帯電話を使用しながら車を運転しているところを警視庁尾久署員に見つかり、停車を求められたが逃走。車を急発進させた時に署員の左手にサイドミラーをぶつけるなどした。5月に逮捕され、今月4日に起訴された後、保釈されていた。三崎被告は8月2日の戦極「第九陣」で中村和裕との対戦が決まっていた。戦極の関係者は「本人から詳しい話を聞いてから対応したい」と話すにとどめた。(2009年06月26日スポニチアネックスより)
武藤が三沢さんに捧げるエメラルドフロウジョン
2009 / 06 / 22 ( Mon )
武藤が三沢さんに捧げるエメラルドフロウジョン
全日本プロレス「CROSS OVER’09」が21日、東京・後楽園ホールで開幕し、1650人を動員した。
13日にかつての全日本のエースであり、2代目社長でもあったプロレスリング・ノアの三沢光晴社長が急逝し、初めて迎えるシリーズとあって試合前には追悼セレモニーが行われ、10カウントゴングが打ち鳴らされた。
セミファイナルでは世界タッグ王者の太陽ケア&鈴木みのると三冠ヘビー級王者の高山善廣がトリオを組み、武藤敬司&諏訪魔&河野真幸組と対戦。先発を買って出た武藤がケアにエメラルドフロウジョンを放つと、直後にケアも武藤にタイガードライバー。04年7.10ノア東京ドーム大会でGHCタッグ王座をかけて三沢さんと対戦(パートナーは小川良成)した者同士として、三沢さんの得意技を天国に捧げた。
三沢さんとは対戦1回、タッグ結成1回と、結局一騎打ちの夢を叶えることがないまま、このような形で別れを迎えることになってしまった武藤は、「こいつらの代には、やれるかどうかは分からないけれど、いつでもノアの若い選手に勝てるような準備をさせたい」と、闘魂三銃士−四天王の世代では叶えられなかった夢のカードを惜しみなく実現させていきたい気持ちを明かした。
(2009.6.22 スポーツナビより)
中西、初防衛失敗!棚橋がリターンマッチを制す!初防衛戦は杉浦!?
2009 / 06 / 20 ( Sat )
6・20新日本プロレス「DOMINION 6.20」大阪大会
IWGPヘビー級選手権試合
○棚橋弘至(挑戦者)<31分18秒・ハイフライフロー>×中西学 (第51代王者)
中西が初防衛に失敗、棚橋が第52代王者に輝く。
あっという間に終わってしまった中西のIWGPチャンピオン。
G1で巻き返してもう一度挑戦してほしいですね。
後藤に勝った杉浦が棚橋に挑戦表明し、7・20札幌での初防衛戦が濃厚。
スペシャルシングルマッチ Dominion’s Scepter
○矢野通<14分16秒鬼殺し>×真壁刀義
中邑の介入で矢野が勝利。ホント、真輔は何がやりたいんでしょう?
スペシャルシングルマッチ NJPW vs NOAH Battle diffusions II
○杉浦貴<14分42秒・オリンピック予選スラム>×後藤洋央紀
後藤が勝つと思ったんだけど、今回ばかりはノア勢の気合は半端じゃなかったようですね。
IWGPタッグ選手権試合 ハードコアマッチルール
○ブラザー・ディーボン&ブラザー・レイ(第52代王者組)<18分04秒・スーパーパワーボム>
דザ・マシンガン”カール・アンダーソン&ジャイアント・バーナード(挑戦者組)
もう、ハードコアじゃあだれも勝てないでしょ。
スペシャルシングルマッチ NJPW vs NOAH Battle diffusions I
○潮崎豪<8分28秒・ゴーフラッシャー>×岡田かずちか
GHC王者の相手としては、ちょっと役不足でしたね。
マスカラ・コントラ・マスカラ(敗者マスク剥ぎマッチルール)
○タイガーマスク<4分32秒・羽折り固め>×ブラック・タイガー
周知の通り正体は高岩。それにしても弱すぎる。
三沢さん死亡で団体社長ら自民と意見交換
2009 / 06 / 18 ( Thu )
三沢さん死亡で団体社長ら自民と意見交換
2代目タイガーマスクとして活躍した人気プロレスラー三沢光晴さん(46)が試合中に頭を強打して死亡した事故を受け、自民党文部科学部会・文教制度調査会の合同会議は18日、党本部に三沢さんの所属団体関係者らを招き、再発防止策や選手の健康管理について意見交換した。
三沢さんが所属していたプロレスリング・ノアの仲田龍取締役総括本部長や全日本プロレスの武藤敬司社長、新日本プロレスの菅林直樹社長らが出席。元プロレスラーで同部会長の馳浩衆院議員が「6月18日は三沢選手が生きていれば47歳の誕生日。あらためてお悔やみする」とあいさつした。議員らからは「プロレス業界として統一した協会がない。今後、どうするのか」などの意見が出た。
仲田総括本部長は終了後「レフェリーや対戦相手は、戦いながら相手の状況を観察してもらう技術を身に付けてほしい」と再発防止を強調。武藤社長も「統一的な機構ができるかどうか考えたい」と話した。
三沢さんは13日夜、広島市での試合中に相手選手がかけた技で頭から落ち、搬送先の病院で死亡が確認された。
(2009年6月18日日刊スポーツより)
斎藤家族に嫌がらせ三沢さんが悲しんでる
2009 / 06 / 18 ( Thu )
斎藤家族に嫌がらせ三沢さんが悲しんでる
ノアの仲田龍統括本部長(47)は17日、東京・有明の事務所で、三沢さんが亡くなった際の対戦相手だった斎藤彰俊(43)の家族が嫌がらせを受けていることを明らかにした。家族は愛知県内に住んでいるといい、仲田氏は具体的な被害の内容は明かさなかったが、「(事故は)だれのせいでもないんです。(三沢さんの)ご遺族も理解しているし、三沢だって悲しんでいる。本当にやめてください」と、強い口調で訴えた。
「受け身の天才」といわれた三沢さんほどの選手でも、リングに上がれば危険にさらされる。仲田氏は、多くの選手がそれを覚悟で試合に臨んでいると強調する。「奥さんに『おれに万が一のことがあったら』と話している選手もいる。それを分かってみんな試合をしている」。それだけに、心ない一部の人の行動が許せないという。
三沢さんの死後、斎藤は「どんな重い十字架でも背負う」と話し、リングに立っている。三沢さんが亡くなった広島では、東京から駆け付けた三沢さんの真由美夫人から、気をしっかり持つよう逆に励まされていたという。仲田氏も「たまたま、あの日に斎藤選手が相手になっただけ。我々も責めるつもりはない」と、ファンに理解を呼び掛けた。(2009.6.18日刊スポーツより)
こんなことをしても、三沢は帰ってこないのにな。彰俊!がんばれ!
三沢さん死因「頚髄離断」、遺体は東京へ
2009 / 06 / 15 ( Mon )
三沢さん死因「頚髄離断」、遺体は東京へ
13日に広島県立総合体育館で行われた試合後に急死したプロレス団体ノア社長で、プロレスラーの三沢光晴さん(享年46)の死因は、バックドロップを受けて頭部を強打したことによる頸髄(けいずい)離断だった。14日、広島県警中央署が明らかにした。最近は古傷の頸椎(けいつい)損傷に加え、肩、腰、ひじも痛めていたという。社長業と看板選手の両立、そして決して手を抜かない性格も、命を縮めた可能性がある。遺体は東京に運ばれ、近親者だけで密葬を行う予定。この日、ノアは「どんな状況でも全力を尽くす」という三沢魂を引き継ぎ、悲しみの中で博多大会を決行した。
事故から一夜明けた14日、広島県警中央署が三沢さんの直接の死因を明かした。「関係者から夜中に事情を聴取した。診断名は頸髄離断。事件性はありません」。タッグマッチで対戦した斎藤彰俊のバックドロップを浴びて、頭部を強打した際に首に大きな衝撃を受けたようだ。リングに倒れた直後にはわずかに意識があったが、すぐに心肺停止状態に陥った。
バックドロップは後頭部からマットに落ちる危険な技だが、三沢さんの「受け身」には定評があった。試合を見た百田副社長も「受け身が取れなかったということはない」と言う。リングドクター歴34年の新日本プロレス・コミッションドクターの富家孝氏は「三沢さんほどの選手が受け身を失敗することはまず考えられない。バックドロップが一つの引き金になって、循環器系に突然の異常が生じたのでは」と話す。
実は三沢さんは首に頸椎(けいつい)損傷という爆弾を抱えていた上に、最近は肩、腰、ひじにも痛みがあったという。調子が悪くなると電気治療なども受けていた。それでもトレーナーには「問題ない」と話していたという。全日本時代からの付き合いの百田光雄副社長は「たまに肩がきついとか言うくらいで、泣き言を言わなかったからなあ」と、つぶやいた。(2009.6.15日刊スポーツより)
大阪プロレスのタナベレフェリーが急死
2009 / 06 / 15 ( Mon )
大阪プロレスのタナベレフェリーが急死
大阪プロレスの公式サイトによると、同団体所属のテッド・タナベレフェリー(本名田辺哲夫)が、15日午後0時23分大阪市内の病院で死去した。46歳だった。タナベさんは14日、大阪・ミナミMoveOnアリーナで行われた同プロのメーンイベント終了後意識不明の状態になり、同市内の病院に搬送されていた。
タナベさんは87年にジャパン女子プロレスでレフェリーとしてデビュー。ユニバーサル、みちのくプロなどを経て06年に大阪プロに移籍していた。(2009.6.15 日刊スポーツより)
また、プロレス界に訃報が・・・。
詳細はまだ不明ですが、心よりご冥福をお祈りします。
金本がデヴィットをアンクル葬!スーパーJr.3度目の優勝!
2009 / 06 / 15 ( Mon )
スーパーJr.で金本が7年ぶり3度目Vを達成
新日本プロレス「BEST OF THE SUPER Jr.XVI〜The Hard Luck Soldiers〜」最終戦となる14日の後楽園ホール大会では、超満員札止めとなる2005人を観客を動員した。
メーンイベントでは5.30同所で開幕して以来、約2週間に渡って各地で激闘が繰り広げられてきた「BEST OF THE SUPER Jr.」の優勝決定戦が行われ、金本浩二がプリンス・デヴィットを変形アンクルホールドで下して7年ぶり3度目の優勝を果たした。
Bブロック1位で勝ち進んだ金本は準決勝戦でプロレスリング・ノアの青木篤志をアンクルホールドで締め上げ、レフェリーストップ勝ちを収めると、メーンでデヴィットと対戦。準決勝戦で飯伏との超ハイスピードバトルを制して勢いに乗るデヴィットに対し、金本はノータッチトペを2度もかわしてデヴィットの肉体にダメージを蓄積させると、雪崩式フロントスープレックス、顔面蹴りなど危険度の高い技を炸裂。最後は執念のアンクルホールド攻めでデヴィットに自らマットを叩かせた。
「今年優勝できなければもう優勝できないと思ってた」と執念の差で勝利を手に入れた金本は、元女子プロレスラーの妻・Hikaruさんが現在妊娠中で、年内にも第一子が誕生することを明かし、ダブルのおめでたを激白。「もうタイガーはいいやろ。オレがもう1回獲る」と、この勢いのままIWGPジュニアヘビー級王者タイガーマスクからベルトを奪い取ることを宣言した。
(2009.6.14 スポーツナビより)
彰俊が土下座。秋山がベルト返上。潮崎が力皇を破りGHC王座初戴冠!
2009 / 06 / 15 ( Mon )
三沢さんの最後の対戦相手・齋藤が涙の土下座
プロレスリング・ノア三沢光晴さんの急死から一夜明けた14日、福岡・博多スターレーンに超満員となる2600人のファンを集めて「Southern Navig.’09」が開催された。ファンは声を枯らして応援し、選手も悲しみを振り払うように懸命に戦い抜いた。
第2試合には前日のGHCタッグ選手権で三沢さんの最後の相手を務めることになってしまった齋藤彰俊が登場。あふれ出る涙をこらえきれず、号泣しながら試合に臨んだ。
入場口に姿を現した齋藤の顔は、すでに泣きじゃくっていた。責任を痛感し表情は疲れきっているものの、それでも気丈に振舞おうと涙をこらえ、リングに向かう。そんな齋藤の姿に、会場からは大きな「アキトシ」コールが。「彰俊泣くな!」「がんばれ!」とファンも涙声で必死に声援を送り、齋藤も何より三沢さんのために最後まで歯を食いしばって戦い抜いた。
試合後、齋藤はリング上から本部席の三沢さんの遺影に向かって涙の土下座。ファンも痛いほど齋藤の気持ちは分かっており、拍手と歓声がいつまでも鳴り止まなかった。
バックステージで齋藤は「取り乱してすみません。泣いている場合じゃないんですけどね」とコメント。そして「自分はどんなに重くて大きい十字架でも背負って、前進して、精進していきます!」と力強く天国の三沢さんに約束した。
潮崎、三沢さんに捧げるGHC王座初戴冠「見ていてほしい」
メーンイベントでは、腰椎椎間板ヘルニアにより急きょ今大会を欠場しベルトを返上した秋山準のGHCヘビー級王座をめぐり、力皇猛と潮崎豪が激突した。潮崎は4月19日に北海道・月寒アルファコートドームで同王座へ挑戦しており、今回は秋山の推薦を受けて2度目の同タイトルマッチに臨んだ。
小橋建太や高山善廣らも見つめる中、ゴングが鳴るや両者は真正面からぶつかり合う。しかし、この日のために調整を進めていた力皇は、序盤からパワーにものを言わせ、潮崎を押しまくる。場外乱闘でも潮崎を痛めつけ、主導権を譲らない。
それでも三沢さんの最後のタッグパートナーになってしまった潮崎は、その苦しみを逆水平チョップに込め、徐々にペースを取り返す。さらに、三沢さんの得意だったローリング・エルボーやランニング・エルボーまで繰り出して力皇を追い詰めると、最後はゴーフラッシャーでGHC王座獲得に成功した。
新王者は「自分はまだまだ」という思いからか、ベルトは腰に巻かず肩にかけたまま。それでも喜びを爆発させてリングを下りると、真っ先に会場の一角にあった三沢さんの献花台へ向かう。そして遺影に向かって深々と一礼してから退場した。
コメントブースに着くと小橋が「いい試合だったよ」と潮崎の労をねぎらい師弟がガッチリ握手。すると新王者の目にはみるみる涙が浮かび、三沢さんへの思いを語り始めた。「ここで俺がやらなきゃいけないと思った」と大きな使命感を背にリングに上がっていた潮崎。「社長が作ったGHCのベルトを失くしちゃいけない」と初代GHCヘビー級王者でもある三沢さんの“遺志”を手に入れて、よりいっそう同団体を背負う決意は深まったようだ。続けて潮崎は涙を流しながら「社長の前で取れてよかった。ベルトはすごい重かった」と口にし、王者としてノアをどうしていきたいかと問われるとしばし絶句。そして、声を震わせながら「ベルトを取ったからには、もっとノアをよくしていきたい。社長にも見ていてもらいたい」と天国の三沢さんに誓ってみせた。
(2009.6.14 スポーツナビより)
三沢の訃報から一夜明け、開催が危ぶまれた博多大会。
突然の秋山のGHC返上、試合欠場により行われた王座決定戦。
○潮崎豪(22分37秒 ゴーフラッシャー)●力皇猛
悲しみを乗り越えてノアをもっと盛り上げていかなくてはならない選手たち。
ノアの選手は受身が上手いといっても、多くの選手が急角度に頭から落とすフィニッシュホールドを多用する昨今、新日本のようにリングドクターを常に帯同させて万事に備えていくことを摂に願います。
三沢死去から一夜明け、ノアが声明を発表。
2009 / 06 / 14 ( Sun )
三沢光晴さんの死亡から一夜明け、プロレスリング・ノアは声明を発表した。
■ご報告
弊社代表取締役 三澤光晴儀、6月13日永眠いたしました。
多くの皆様より頂戴しておりますご厚誼に深く御礼申し上げます。
いかなる時も全力で試合に臨む故人の意思を継ぎ、今後とも選手・社員一同邁進してまいります。
ご声援のほど重ねてお願い申し上げます。
2009年6月14日
株式会社プロレスリング・ノア
三沢さんの死因に関して百田副社長「家族以外には不明」
14日開催のプロレスリング・ノア博多スターレーン大会開始前に、同団体副社長の百田光雄が13日に急死した三沢光晴さんについてコメントした。
まずシリーズ中での悲劇とあり、今大会を含め中止も検討されたのではという問いには「三沢社長は常に満身創痍でやっていた。選手全員と話して『決行するべきでは』となった。三沢社長も(中止は)望んでいない」と強行開催に至る経緯を語った。そして、死因に関しては「僕たちも医師から『不明』としか伝えられなかった。検査した結果、脳や頚ついにも損傷はないという話しを聞いた。ただ、医師からは『家族以外には死因は説明できない。たとえ会社の方にも説明はできないので、家族の方に説明します』と言われました。したがって会社の人間は、医師の方から一切死因に関しての説明は受けておりません」とコメントした。
三沢さんがこのような事態になる予兆はあったのかについては、「基本的に我慢強くて泣き言は言わなかった」としながらも、「多少『肩がキツイ』と言っていた」とかすかな異変はあったようだ。
なお、遺体はすでに東京に移送されており、葬儀は家族の意向により選手・近親者による密葬となる予定。ただ、ファンにはあらためてお別れを言う場を作りたいと語った。
(2009.6.14 スポーツナビより)
プロレスの三沢光晴さん、リングで頭強打し死亡
2009 / 06 / 14 ( Sun )

「プロレス・格闘技DX」より試合直後の画像
プロレスの三沢光晴さん、リングで頭強打し死亡
13日午後8時45分頃、広島市中区の広島県立総合体育館グリーンアリーナで、プロレス団体「プロレスリング・ノア」の試合中、ノアの社長でプロレスラーの三沢光晴さん(46)が相手選手に投げられ、頭部を強打した。
三沢さんは救急車で広島大病院(広島市南区)に運ばれたが、午後10時10分、死亡が確認された。県警広島中央署は関係者から事情を聞いている。
大会関係者によると、三沢さんはこの日開かれた「サザンナビ09」広島大会のメーンイベントのGHCタッグ選手権に出場し、試合開始から約30分後、相手選手にバックドロップをかけられ、リングで頭を強打し、意識を失ったという。
試合を観戦した人によると、意識不明になった三沢さんに、リング上で自動体外式除細動器(AED)による蘇生(そせい)措置が施された。
約2300人の観客からは「三沢コール」が起こったが、意識は回復せず、救急隊員が三沢さんを担架で運んだという。
試合を観戦していた広島市西区の会社員の男性(27)は「これまで三沢選手に何度も勇気づけられた。まさかこんなことになるなんて」とショックを受けていた。
三沢さんはレスリングの名門として知られる栃木県の足利工大付属高校出身。全日本プロレスで2代目タイガーマスクとして人気を集めた。
その後、全日本プロレスから脱退、2000年8月にプロレス団体「ノア」を設立し、自ら中心選手として活躍してきた。
プロレスの試合中の事故では、00年に当時27歳の男子レスラーが脳内出血で亡くなり、1997年と99年には女子レスラーがいずれも頭を強打して死亡。昨年10月には、当時25歳の男性会社員がプロレスの練習中に首の骨を折って死亡した。
(2009年6月14日00時55分 読売新聞)
三沢光晴が死亡!GHCタッグ選手権中、バックドロップで心配停止
2009 / 06 / 14 ( Sun )
6・13プロレスリング・ノア広島グリーンアリーナ大会
GHCタッグ選手権試合
○斎藤彰俊&バイソン・スミス(27分03秒、レフェリーストップ)×三沢光晴&潮崎豪
※バイソン&斎藤組が3度目の防衛に成功
「プロレス・格闘技DX」より抜粋
三沢にタッチが渡り、エルボーを連発しバイソンを止めると、バイソンをコーナーに乗せる。ところが斎藤が駆け付けて雪崩式アイアンクロースラムを炸裂。そのままタッチをもらった斎藤はカカト落とし、キチンシンク、顔面への串刺しニーリフトと三沢を畳みかけ、急角度のバックドロップで突き刺した。
そこで、三沢はそのまま動かなくなり異変を感じたレフェリーが直ちに試合を止めた。
試合後は騒然。三沢は息をしていない模様で、血相を変えてトレーナーらが駆け込む。会場に来ていた医者の観客らが駆け込んで心臓マッサージが行われ、緊急蘇生装置のAEDも持ち込まれる。サードロープが外されて担架による救出処置がとられる。しばらくして救急隊が到着し、心臓マッサージが再び始められた。そのまま三沢は救急車で病院に搬送され、集中治療室に入った。
プロレスラー:三沢光晴さん死亡 試合中倒れる 広島 (2009.6.13毎日jpより抜粋)
13日午後8時半ごろ、広島市中区基町の広島県立総合体育館であったプロレスリング・ノア広島大会で、試合中にノア社長でプロレスラーの三沢光晴さん(46)が倒れ、心肺停止状態で広島大学病院に救急搬送された。広島県警広島中央署によると、同10時10分に死亡が確認された。同署は主催団体や対戦相手などから事情を聴いている。
大会関係者や観客によると、三沢さんはこの日タッグマッチに出場。相手のバックドロップを受けて頭を強く打ち、動けなくなった。レフェリーが三沢さんに「動けるか」と聞いたが、三沢さんは「動けない」と答えた。試合はそのまま中断。「医師はいませんか」との呼びかけに応じて出てきた観客の男性がAED(自動体外式除細動器)で蘇生を試みたという。当時、約2300人の観客がいた。
(スポーツナビより抜粋)
プロレスリング・ノアの「Southern Navig.’09」が13日、広島グリーンアリーナで開催され、メーンイベントに出場した三沢光晴(46)が試合中に倒れ、搬送先の病院で死亡が確認された。
各報道によると、三沢は対戦相手の齋藤彰俊のバックドロップを浴びた際、頭から落ちて動けなくなった。その後、リング上でAED(自動体外式除細動器)で蘇生措置を施され、広島大学病院に救急搬送されたが、同10時10分に死亡が確認された。
ショックです。
受身はプロレス界随一の三沢が試合中にこのようなことになるとは・・・。
今は三沢光晴選手のご冥福を祈るばかりです。
武藤&船木vs.蝶野&みのる 8.30両国で超ドリームタッグ実現!
2009 / 06 / 11 ( Thu )
武藤&船木vs.蝶野&みのる 8.30両国で超ドリームタッグ実現!
毎年恒例の全日本プロレス「武藤祭」(東京・後楽園ホール)が「ムトーの日」である6月10日に開催され、超満員となる2100人を動員した。
今大会の主役である武藤敬司の「デビュー25周年プレ記念大会」となる今年は、武藤が四変化に挑戦。武藤、グレート・ムタ、黒師無双として3試合に出場した他、最後は「全日本の武藤社長」としてリングに登場。真の記念大会となる8.30両国国技館で、武藤、船木誠勝組vs.蝶野正洋、鈴木みのる組という超ドリームカードを発表した。
武藤、船木、蝶野は新日本プロレスの同期であり、船木と鈴木はパンクラスの旗揚げメンバー。様々な因縁が渦巻くこの一戦に、客席からはこの日最大級の歓声が送られた。
武藤は「同期でオレ以上に天才と呼ばれた男」と船木を絶賛した上で、「この試合を通じてプロレスの長所を少しでも味わってもらいたい」と熱烈ラブコール。久々のプロレスの試合に臨む船木も「やりがいのある相手」と改めて闘志を高めた上で、「あと3カ月、集中してやる」と気合を入れ直した。
(2009.6.11 スポーツナビより)
小橋、復帰後初のタイトルマッチで白GHC獲得!
2009 / 06 / 09 ( Tue )
6・8プロレスリング・ノア「Southern Navig.’09」八王子大会
橋誠に小橋建太が挑戦したグローバル・ハードコア・クラウン無差別級選手権。
小橋は試合開始から10分間チョップ禁止の特別ルール(チョップ3回で反則負け)でペースをつかめず苦しんだ小橋だったが、最後は剛腕ラリアットで小橋が勝利。2007年12月に腎臓がんから復帰後、初のタイトルマッチを制し小橋が第9代王者に輝いた。
石井慧が総合格闘技「戦極」と契約
2009 / 06 / 02 ( Tue )
石井慧が総合格闘技「戦極」と契約
北京五輪柔道男子100キロ超級金メダリストの石井慧が1日、都内で会見を行い、吉田秀彦らが主戦場としている日本の総合格闘技イベント「戦極(せんごく)」と同日に仮契約を結んだことを発表した。
本契約は本人の希望により、近日ファンらを招いた公開形式で行う予定。
契約に含まれる試合数は複数で期間にすると2年程度とのこと。「UFC」をはじめとする米国の総合格闘技イベントで成功を目指す本人の意向を汲んで、契約にはこれらのイベントへも出場が認められるオプションが付与されている。
デビュー戦の時期および対戦相手は未定だが「石井はいつでもOK」とのこと。早ければ今夏開催の「戦極〜第九陣〜(8月2日・さいたまSA)」でデビュー戦を迎える。
[(スポーツナビ 2009年6月1日 )
「キン肉マニア2009」ダイジェスト動画 youtube
2009 / 06 / 02 ( Tue )
高山が鈴木みのるをジャーマン葬!三冠初防衛!
2009 / 05 / 30 ( Sat )
5・30全日本プロレス『RISE UP TOUR 2009』 愛知・愛知県体育館大会
三冠ヘビー級選手権試合
○高山善廣( 22分59秒・原爆固め)×鈴木みのる
GRENTAI対決、そして全日本無所属選手同士の三冠戦となった高山vs鈴木みのるの一戦。
壮絶な潰し合いの末、最後は必殺・エベレストジャーマンで高山が初防衛に成功した。
小橋が6・8八王子で復帰後初タイトル戦
2009 / 05 / 29 ( Fri )
小橋が6・8八王子で復帰後初タイトル戦
ノアは27日、6・8八王子大会でグローバル・ハードコア・クラウン無差別級(白GHC)王者・橋誠に小橋建太が挑戦すると発表した。“鉄人”にとって07年12月に腎臓がんから復帰して以来、初めてのタイトル挑戦となる。同王座は中堅や地方大会の活性化を目指す目的のベルト。奪取すれば、05年3月に力皇猛に奪われて以来となる至宝GHCヘビー級王座挑戦への機運も高まる。
(2009.5.28 デイリースポーツ)
りこ(07/ 03)
世界の師匠(07/ 03)
サンボ(07/ 03)
編みタイツ王(07/ 01)
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